何も資格のない私が女性起業家となったきっかけ

先日、人生の大先輩の男性と仕事の話をしていたときに、

「長谷川さんは、なんで正規雇用じゃなく、起業したん?
 正規雇用なら、天下取れたやろうに」
     ↑
 と聞かれました。本当です!自作してないです←誰への言い訳?(笑)

そう聞かれて、久々に
育休明けの復職後に感じた悔しさと涙を、
クビになったときの悔しさと失意を、
失業後の職探しでの悔しさと日本社会への恨みを、
(言葉がキツくてごめんなさい)
思い出しました。

フリーになる前、社員20人程度の中小企業の営業職として
出張も明け方までの接待も多くてキツかったけれど、
お得意様にも恵まれ、楽しく充実した日々を過ごしてました。

その会社に8年勤めたときに、妊娠が発覚し、
産休と育休の制度を利用しました。

育休があけて戻ったときに、私の居場所はありませんでした。
以前の担当の得意先は、産休前に後輩に振り分けました。
それでも、営業として数字をあげなければならない。
私の仕事は、新規顧客獲得のための(それまでしたことのなかった)、
飛び込み営業になりました。

新しい上司(年下男性)からはこう言われました。

「アナタの仕事って、1歳そこそこの子供を赤の他人に預けてまでするような仕事ですか?
 ウチの嫁も『そこまでして働こうという気持ちがわからん』って言うてましたし、
 僕もそう思います。」

この上司には、ウチのより数ヶ月早く生まれたお子さんがいました。
「同じ年の赤ちゃんがいるなら、子育ての大変さがわかってもらえてよかったやん!」
と言ってくれた友達がいましたが、そうではないことに、このとき気づきました。

まだ1歳になったばかりの娘は、復職後の数ヶ月間、何度も体調を崩しました。
そのたびに休むと、上司から
「子供がいるとはいえ、休みすぎでしょ!何とかしてください!」と言われました。
 
相方は、「もう辞め~」と何度も言ってくれました。
でも、辞めると負けだと思って、辞めずに成果を挙げてやろうと必死になっていました。

7月に復職したので、新規顧客を得るための
炎天下での飛び込み営業は、大変でした。

何よりもつらかったのは、初めてのこととは言え、成果が挙がらないことでした。
自分の営業としての実力がないからだと、自分を責めました。

復職してから半年たった頃、重要な会議の日に娘が熱を出しました。
高熱で泣く娘を心配するよりも先に、

「ちっ!こんなときに!熱なんか出すな!今日は休まれへんねんっ!」

と、1歳の娘に怒鳴っている私がいました。

営業マンとしてもダメな私は、母親としてもダメな私になっていました。

怒鳴られて泣き叫ぶ娘を見て、「もう、限界や~」と思いました。

そして、退職しました。
退職後、すぐに派遣会社に登録しにいきました。

私の希望は、定時で帰れる営業事務でした。
営業として10年働いた経験をいかして・・・・
と自分を売り込もうとした私に、
派遣会社の担当者は言いました。

「アナタの場合、年齢がね・・・
営業事務だとね、中間管理職が若い女性を希望するんですよ。
それにこのご時勢、残業は無理ですっていうと難しいんですよね~。
しかも、お子さん小さいじゃないですか。
そうすると企業側が嫌がるんですよね~。」

派遣会社からの紹介案件が来ることはありませんでした。

当時、勝ち組・負け組という言葉がはやっていました。
私は、自分を完全な負け組やと思いました。

働くのが好きで、大学を卒業してからずっとフルタイムで働いてきました。
どの会社でも「仕事ができる長谷川さん」と言われました。


それなのに・・・
どの会社からも子どもがいるってだけで
「お前なんかいらん!」
って言われてる気がして、本当に、悔しかった。

そのときに思いました。

2度と会社になんか入るもんかっ!
一人で働いてやるっ!
バリバリ働いて、本出して、テレビに出て、
有名になって、お金持ちになって・・・あの会社を見返してやるっ!


そして、オンナがこんな想いをせんでいい世の中を作ったるっ!

この気持ちが私のフリーランスへの始まりでした。
今でも正規雇用でなくフリーで働きつづける自分の原点はここでした。

これはもう15年も前の昔話となりました。

当時に比べれば、今は、妊婦や子育て中のワーキングママに
優しい時代になっているのではないかと思います。

それでも、15年も前の想いを、今改めて振り返ったことは、
これからの私の新しい活動のための原点回帰だったのではないかと。

私、長谷川徳子は、今までもこれからも、
女性が自分らしく自由に働ける(生きられる)社会作りのために
活動していきます。

長文な上に、私の昔話で・・・
しかも最後は、所信表明みたいな一文で(笑)
何じゃ、こりゃ?!って思われた方、申し訳ありませんでした。

それでも、最後まで読んでくださった方、
本当にありがとうございました。

          長谷川徳子

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